養生訓

こちらはつい4年前に行われた、105回歯科医師国家試験のA問題15番。
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Aの35番までを必修問題(歯科医師になるべくものならば知っていて当然とされる問題)っていうんです。
基礎や歴史などの問題が出て、8割の正答率がなかったらその時点で、ほかの問題が満点でも国家試験に落ちるという非常に非情な問題なんですけど、それはまあいいとして。
今日はこの問題の正答、C.杉田玄白ではなく、E.貝原益軒の著書の話をしていこうと思います。

養生訓
著者:貝原益軒

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なんで貝原益軒が歯科医師国家試験の間違い選択肢に入っているのかと言うと、彼がこの本で「歯の健康」について書いているからなんですね。そのため歯科の歴史の中で今日こうして必修問題として取り上げられるに至っています。ちなみにわたしは貝原益軒のことをこの試験問題で知りました。まさか養生訓まで読む日が来るとは…という気持ちです。

書かれたのは1712年、江戸時代。著者が83歳の時の本です。
現役時代は医者として藩に勤めたり、儒学者として本を編纂したりしていました。体が病弱であったことから、床に臥せて読書をし、博識になって重用されたそうです。

養生訓は「食べ合わせ」で有名かと思いますが、内容は実に幅広く、身体だけでなくこころの健康、どう生きるべきかについてのことが「養生」として書かれています。
歯医者のブログなので一応歯に関する内容に触れておくと、毎日歯を36回叩くと虫歯にならずに歯を健康に保てること(中国の「叩歯」という歯を叩く健康法を紹介したもの)、食後は湯や茶で口の中をゆすいで清潔にすること、唾液は無駄に吐き出さず飲み込むようにするということなどが書かれています。

食べ合わせについてはかなり細かいところまで載っていますが、理由などは詳しく書かれていないためよくわかりません。例えば「牛肉にきび、ニラ、栗がいけない。」「南瓜をなますと合わせて食べてはいけない」。よく誤解されているように、肉を食べるなとは言っていませんが、食べ合わせについては根拠も不明なので検討の余地がありそうです。ただ、めちゃめちゃ細かく書かれています。いろいろ勉強し、経験し書いてあるんだろうなあという印象です。食べ方や寝方、くよくよしないことなど精神を安定させる方法、医者の在り方などにも触れられています。

ではこの幅広い命題を扱う本書のうち、なにが素晴らしいかと言えば、「ソウル」。魂です。
現代のわたしたちはこの本を通して、叩歯や食べ合わせについて学ぶことはあまりないでしょう。ただ、その行間には「医者に依存するのではなく、長く健康に生きるために自分でできることを怠るな」という揺るぎない魂の叫びが息づいています。このソウルね。これが素晴らしい。
病気になったらこういう薬を飲もうという本ではないんですね。歯を叩くのも自分、食べ合わせるのも自分。病気にならないように、いかに日ごろから養生するか。そういったことが一貫して書かれている本なのです。

これは日々患者さんを診させてもらっていて、思うことと一致しています。
うちの医院では食事指導、生活指導を行うのですが、その中で医療者側の前提と患者さん側の前提が違うことが多々あります。わたしたちは「虫歯も歯周病も予防できる病気なので、予防するための習慣をつけてほしい」と思っていても、患者さんは「虫歯や歯周病になったら歯医者に行って治してもらうもの」と思っていることがあるんですよね。

国民皆保険ですし、日本ではなかなか予防が根付きにくいのもあります。また、歯医者以外の医者(内科など)では「病気は医者が見つけるもの」になっている部分もあります。例えば糖尿病とか、骨粗鬆症とか。自覚はないけれど検査の数値によってはそういった病名がつくようになり、自分ではわからないけれど医者に行ったら病気が見つかった状態になることが増えてきています。

けれど、貝原益軒が300年も前に言っているように「ならないためにどうすれば良いか」をしっかり考え、自分の肉体を自分の精神で管理していくことが、健康に生きるためには必要であると思います。
「こころは体の主人である」ことを忘れず、日々養生していく先に、「どのように生きるか」という人生の主題までもが見つかる。本当にその通り。益軒すごい。益軒えらい。

いろいろな方が現代語訳されていますが、こちらの松田道雄さんと言う医者であり思想家の方の解説が本当に素晴らしいので、良かったら養生訓と一緒に読まれてみてください。というか、この解説だけ読んでも良い。立ち読みで良いから読んでほしい名解説。

「食を考えること」をはじめると、いろいろなことが付随的に考えていけるようになると思うんですね。医療の在り方だったり、自分の身体の使い方だったり、養生の仕方だったり、はたまた環境問題、資源問題、輸入輸出に関する政治的な取引、歴史的な食物の変遷、農業、農薬、遺伝子組み換えに関することなども一緒にフィールドに上がって来ます。これはもう仕方のないことで、食の問題と言うのは自動的に様々な問題をはらんでいるので、一つ考え出すと様々な問題へのアプローチが可能になってきます。
この本は、そういった派生アプローチをしていける人向け。本の内容を鵜呑みにするのではなく、このソウルに触れた上で、「食」を通じてなにを考えていくのか。どう行動していくのか。人生をどのように過ごしていきたいのかを考えたい方にオススメの一冊です。


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