「親子関係」を紐解くワークショップに参加したらお墓参りに行きたくなった話

こんばんは、ゆきじです。
先日、上田先生の「親子関係」のワーク(→ご本人のブログはこちら)に参加して来ました!
わたし自身、セッションと呼ばれる1対1のカウンセリングは過去3回受けさせてもらっていて、その時の記事はこちら(→東京にカウンセリングを受けに行ったら因果が取れた話)なのですが、ワークは多人数で同じ議題について向き合うことでカウンセリングを行なっていきます。セッションは1対1なので深く細かいところまでカバーできる一方、ワークは参加してる他の方の気づきや想いを共有できるため、いろんな視点からの理解を得ることが可能になります。

今回のテーマは「親子関係」。すべての関係性の基本だそうです。それぞれの参加者の親子関係をワークを通して紐解いていくことで、いろいろな発見がありました。

その場で感じたのは、わたしが分かり得ない関係性がこの世にあり、それを尊重していきたいなということです。わたしには男の兄弟がいないため、男同士の家族関係を見たり感じたりしたことがありません。男同士の家族関係って、対立があるからこそ良かったりだとか、緊張感があるからこそ成り立ったりだとか、そう言ったことが(もしかしたら女同士の場合でもあるのかもしれないけれど)この世に存在するということを初めて知りました。
一般的に家庭における男女の役割というものはあって、女性性としては「寛容」が挙げられますが、男同士だとそれだけではないのですよね。これは不思議な感覚でした。同時に、ひとつの親子関係しか知らないのに、誰かに「親には感謝するべき」などと意見を押し付けることはしてはいけないのだな気付かされました。

また、親子関係というものは脈々とつながっていて、これが自分が形作るすべての関係性の基本になるとともに、親から子へ、その子から孫へとつながっていきます。どこかひとつ、誰かひとりが欠けても今ここに自分はなかったので、この繋がりがあった上で存在すると言うことを実感し、この縁と奇跡に感謝してお墓参りに行きたくなりました。
良い因果も悪い因果もあって、どちらもきっとこの世界の中でうまいこと巡っているのだろうと思います。そもそも世界から見れば良い悪いもなくただ巡ってるんですよね。巡らせたいかここで終わらせたいかというわたしたちの主観があるだけ。でも何が巡っているのかがわかれば、そこで終わらせることも、受け継いでいくこともできます。

この日だけでも、貴重な気づきをたくさん得ることができました。


余談:わたしが一番好きなもふもふしていてかわいい親子の図↓
図1ペンギン親子.jpg


さて、帰ってみて数日反復している間に、すべての関係性の中で「対等であること」が大切なのではないかと考えるようになりました。
わたしは関係性は基本的にwin-winであるといいなと思っていて、そのためには対等でなくてはならないと感じます。どちらかが疲れたり、搾取されたりする関係性はしんどいのです。「先生」など役割はあれど、それは対等でない理由にはならないのではないかと考えました。

これは仕事の話になりますが、歯科医療もここ数十年で「医療者が一方的に提供する医療」から「患者中心の医療」にシフトするようになってきています。(大学教育の中にもこういった視点で患者と接するようにとの教育内容が盛り込まれています。)患者中心の医療という言い方もね〜なんだかしっくり来なくて、患者中心というよりかは「患者と一緒につくる健康」とかそういう言葉の方がしっくりくるんですけど、とりあえず目線として「医療者>患者」という関係性が「医療者=患者」になってきていることは確かです。わたしたちは治すお手伝いをするだけで健康になるには本人の協力と自立が不可欠なんですけれど、医療に依存させず自立させるためにも対等である関係性は必須だし、こちらがやりすぎても与えすぎてもいけない、もっと言うと患者さんに「気づき」を得て欲しいなと思います。

今回のワークでもたくさんの気づきを得たのですけれど、セッションでもワークでもすごいなと思うのは、先生側が一方的に与えることを決してしないんですよね。その場を作っておいて、最終的に本人に気づかせて終わるのです。与えられたものは流れていくかもしれないけれど、気づいたものって忘れません。そして、自分で考えるきっかけになります。自分で考えると、変わるきっかけになります。主体が完全に自分にある、というところがポイントです。

わたしも一医療者として、そうでありたいなと思いました。医療行為を金銭の対価として与えるだけじゃなくて、自分の身体の変化や現状に気づいていって、変わっていってほしい。これを意識して行うのは難しいけれど、多分その場をてくてく作って患者さんを信じればなんとかなっていくんじゃないかと考えています。この辺は真似るところからやっていきたいです。

患者さんに対する温度は田舎と都会の文化差や時代背景によっても変わると思います。田舎は関係性が濃いから、完全に対等であるよりは少し濃密なほうが良いのかもしれません。親の世代や親の親の世代をみていると、時代によっても違うなと感じていて、わたしたち以下の世代はそれ以上の世代に比べるとドライになってきてるなと感じます。他人との境界がハッキリしているというか、一部では極めて濃密であり続けながらも大衆というものに左右されにくいような気がします。SNSやワールドワイドなウェブが片手に収まるようになり、情報の受け渡しや発信自体が自由になっている影響は確実にあるんだろうなと思います。

正解はないし一律ではないので、自分のコミュニティの中で自分が心地よく対等であれる良いところを見つけられたら良いなと思っています。

上田先生と参加者の皆さん、たくさんの気づきときっかけをありがとうございました。

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